消えゆく鉄道'99 その2

名古屋鉄道 美濃町線 

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 2月5日夕刻、Y君の車が会社正門に横付けされた。久々の西行きとなる今回の取材行は、岐阜県は名鉄美濃町線だ。3月いっぱいでの廃止を間近に控え、比較的近距離であるこの路線への取材は、切迫するスケジュールの合間を縫って、1泊2日の強行日程が組まれた(いつものことではあるが)。

 18時に富士を発ったものの、まだラッシュ時である。渋滞につかまりながらも、ようやく浜松を抜けたのは21時ごろであった。

 今回は出発が早いため、割と早い時間の現地入りが予想されていた。そのため、23時ごろにはついて、現地の居酒屋で生をカーっといこうなどと算段していた。のだが、名古屋市内での進路ミスなど予想外に時間はかかり、関市に着いたときには、養老乃瀧も閉店準備中であった。

 仕方がないので、サークルKでビールとつまみを買う。ところで、このサークルKは、併用区間のちょうど終わりにある。線路がここで道路の端に寄ってくるのだが、そのため、店に入るのに線路を渡る。これもなかなかの雰囲気であった。

 美濃町線には、かつて夜に一度だけ線路沿いを通ったことがある。そのときは、半分埋まった線路を見て、少なからず驚いたものだ。こうしてもう一度来て、その線路を見ると、あのころと変わってないことに、あらためて驚くのであった。

 神光寺駅に投錨。明日に備えてとっとと寝る。

 朝、目を覚ますと、田んぼの中にすでに鉄ちゃんの姿がかなり見られる。時間はもう8時過ぎであった。しかし、それまでにもう何本も列車が通っていただろうに、まったく目が覚めなかった。見た目に比べ、意外と静かな電車である。

神光寺駅に入線

 神光寺からのストレートは、飛騨山脈をバックに走る、美濃町線のハイライト的なロケーションだ。まずはここで数カットいただく。

大雪のあとがまだ残る

 そのあと、下有知のほうまで歩いていくこととした。半併用(?)区間から、専用軌道に入るところは、線路の埋もれ具合と言い周囲の建物と言い、まさに前近代的なシチュエーションだ。

併走区間へ
ほとんど埋まってる

 下有知駅は、道路に面した小駅だ。隣に神社があるところなど、鉄ちゃん好みのできすぎたレイアウトと言う気がしないでもないが(笑)。

鳥居が映える
ホームの様子

 この駅で、電車を待つ女の子達がいた。が、電車がきても一向に乗る気配もなく、結局3本くらいやり過ぎて帰っていった。ひなたぼっこでもしに来たのだろうか?

日差しの中、列車を待つ

 「もうここまで来たら」と、我々は新関駅まで歩いていくことにした。この区間は、道路沿いの住宅や商店の真ん前を走る。線路も土に半分埋もれており、車輪のフランジの跡がくっきりと残るほどだ。

まさに前近代的

 途中、夕べも寄ったサークルKで昼飯(カップ麺だが)。そしてついでに撮影。

車と一緒に信号待ち

 ここから先は併用区間だ。線路は、道路をいったん斜めに横切りながら、車線の中央へ向かって行く。

併用区間へ

 新関駅についた。ここで美濃町線の運行系統が区切られる。市内からここまでは新型の電車が顔を出す。

新関は新旧連絡の窓口
590形が入線

 神光寺までただ戻るのもつまらないので、終点の美濃まで乗ることにした。

 乗り心地は、もう「跳ねまくり」としか言いようがない。個人的に、名鉄電車は揺れるイメージが強いのだが、それ以上に揺れた。これで外から見ると静かだから不思議なものだ。

揺れは半端じゃない
    実にのどかだ

 車内の雰囲気も、アンティークでとても良い。

ステーショナリーな木箱が良い
車内ものどか
美濃町線は全線タブレット閉塞

 列車は程なく美濃駅に滑り込む。美濃駅は木造の結構立派な駅だ。

美濃駅入線
駅舎外観

 駅名表は、この間まで旧タイプだったようだが、廃止目前にして新タイプに切り替えられていた。なんでだろう?

しばしの休息
ねこやなぎも芽吹いている

 カメラをあちこち向けていると、女子高生の集団がポーズをとってくれた。ノリのいい奴らだ。

風景によく合う純朴な少女たち

 硬券の切符を買い、神光寺まで戻る。

再び神光寺

 光線状態の変わったところで、再び田んぼで数カット撮影する。時間は15時。そろそろ帰り支度もはじめる。

飛騨山脈をバックに

 いよいよ撮影も大詰めと言うことで、新関へ戻りながら残ったコマをこなして行く。まずは下有知のスーパーの前。赤い建物と赤いのぼりが、赤い電車にぴったりだ。

ナイスコーディネイト

 ちょっと戻って下有知駅付近。萌え始めた草が、春の訪れを感じさせるが、桜と入れ違いにこの線路は役目を終えてしまうわけだ。

春が感じられる

 そして最後は、併用区間の真中あたり。このように、美濃町線は、短い線区にさまざまな場面を押し込んだ、ファンにとっては密度の高い路線であったのだ。いつものことながら、もっと足を運べば良かったと後悔しながら、お別れの1枚を撮って、撮影をすべて完了した。

併用区間をゆく
ラストショット

 一路帰路についた我々だが、せっかく早めに切り上げたのに、結局今回も食べ放題に寄ると言い出して、結局帰宅は23時。Y君は帰ってから仕事をすると言っていたが、果たしてできたかどうかは、いまだもって謎のままである。

99.3.2

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